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それができたらこんなことにはなっていないんだ。最初から。そう。最初からだ。闇夜に浮かび上がる白。白。白。何が目的だ。俺の何がそんなにいいんだよ。手を振り上げる。どろりとした返り血で目が覚める。心臓の鼓動が壊れたように早まっていた。落ち着け。現実を見ろ。ベッドの上だ。血なんてどこにもない。両手で顔を覆って深呼吸を繰り返した。指の隙間から見る部屋はすべての輪郭が滲んで境界が曖昧になっている。金魚は3匹いて、テーブルには黒い皮手袋とハンチング帽。その横に白いスーツを着こんだ鳥の骨が座っている。いない。いくつもの幻聴と幻覚が通りすぎていく。記憶と今ここにあるものが綯交ぜになっていて見分けがつかない。上手く動かない指先でどうにか足枷を外す。足枷は随分雑につけられていた気がしたが眠る前からこんなものだったかもしれなかった。テーブルの上には何もないし、神もいない。ゆらゆらと物にぶつかりながら洗面所を目指した。胃液を吐き出し顔を洗い、鏡に触れて祈るように何度も呼びかける。
「スティーヴン。スティーヴン…………」
ひどい顔色をした自分が映っている。それがやがて自分とは異なるタイミングで目を閉じ、ゆっくりと開いた。穏やかで強い眼差しがすぐ間近にある。そこだけがはっきりと見える。声が聞こえる。
「マーク。怖い夢でも見たの?」
うなずいて額を鏡につけた。鼓動が落ち着き、呼吸が楽になる。額に唇が触れるのを確かに感じた。
「……眠って。代わりに僕が行くから」
おやすみマーク。
その言葉で意識がゆっくりと優しい暗闇に沈み込んでいく。