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「俺にできるのはここまでだ」と自分と同じ顔の男が言う。あとは自分でやりな。その軽薄な笑みにざらりとした苦い嫌悪感と罪悪感を覚えた。しかし彼と交わす言葉を持たないので黙っていた。彼は背を向け、去り際に言う。
「スティーヴンによろしくな」
嫌がらせか? あいつとどの程度の仲なのか聞きたかったが、やはり彼と交わす言葉など持ってはいなかった。赤く汚れた白いマントが風に揺れる。
残った足跡を見ながら思い出す。あの日誰にも奪われたくない自分の心をナイフでそっと切り分けて綺麗な水槽の中に閉じ込めた。どこにも行かないように。あの日見たくない自分の心をナイフで無理矢理切り分けて売りに出した。趣味の悪い神に高く売れた。見捨てたわけじゃない。見捨てたことはない。見捨てたのかもしれない。自分のことだ。ごまかすな。おまえは自分のことすら見捨てるような奴だ。切り分けても切り離すことはできない。少し意識すれば熱をもって鈍く痛み脈を打つ。忘れれば息が詰まってなにも聞こえなくなる。だから都合が良かった。点線を引いて折り目をつけてそれから。もういいだろう。ろくなことがない。本当は誰も傷つけたくない。ただ疲れているだけだ。できることといえばいつも後味が少しでもマシになるようにすることくらいだった。
言われた通りに方をつける。何も感じない。
ふらふらとその薄暗く血のにおいのする路地を抜けると白く乾いた砂漠が広がっていて、埋葬するように置かれた白い花々の真ん中にだぼっとした服を着た自分と同じ顔の男が眠っている。花の甘い香りが風に乗っている。隣に腰をおろしてそれを眺め、髪についた花びらを拾ってみたり頬を押してみたりした。顔を寄せて唇を触れ合わせる。すると彼は小さくうめいて睫毛を震わせ、ぱちぱちと瞬きした。黒い瞳がこちらを見る。同じ顔でも仕草だけでよくもこう違う人間に見えるものだといつも思う。
「マーク……?」
「起きろ、スティーヴン」
「うん……今君に起こされたとこ…………」
スティーヴンはのそのそと緩慢な動きで起き上がり、動物のように頭を振る。それから眠そうなまま右を見て、左を見て、周囲の白い花を拾った。自分達の中で花など似合うのは彼だけだと思う。
「ジェイクは? 彼と一緒にいたんだけど」
「"帰った"」
「そう……君もジェイクと話したの?」
「話してない。話すこともないしな」
「相変わらず避けてるんだね。仲良くしたらいいのに」
眉を下げて笑い、肩を竦める。いつものことだが簡単に無茶なことを言う。スティーヴンの指が伸びてきて眉と眉の間に触れた。
「眉間にすごく皺が寄ってるよ」
「俺はあいつが苦手だし、どうせあいつも俺のことを恨んでる」
「ええっ、そんなことないと思うけど。なんでそう思うの?」
「それは……」
それは俺があいつを切り分けて見捨てて身代わりにして犠牲にしたから。流れ込む水の音が響く。他の記憶が混じっている。良くない兆候だ。そういうひどいことをされたら、人は人を恨むだろう。あいつも、****も。スティーヴンが何を思ってか花をこちらの髪に挿した。
「彼は君を恨んでなんていないよ」
心配はしてるけどね。
罪の無い顔で微笑むのを見て、複雑な感情でまた眉間の皺が深くなる。優先順位の何番目かの問いが口から出た。
「…………おまえ、あいつと今どういう仲なんだ?」
「え? 僕とジェイクが? どういうって…… なんだろう、兄弟みたいな……どういう意味で聞いてる?」
「いい、なんでもない」
どちらも自分だというのにまったく不毛だしおかしなことだ。今更か。そろそろ時間だ。スティーヴンの手を引いて立ち上がる。砂漠が消える。
**
暗い路地裏で何度目か彼と対峙する。鏡の中の彼と入れ替わる。
「すまない」
呟くと彼はひどく驚いた顔をして、それからけらけらと笑った。
「いいってことよ」
その軽薄な笑みを、やっぱり気に入らないと思った。
「スティーヴンとのことならそんなに嫉妬するな」
訂正。
俺はこいつが嫌いだ。