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瞳の内側から、反射の向こう側から目を光らせ、彼に危険が迫ればそれに対処する。危険はヒトであったりモノであったり、暴力であったり詐欺であったり様々だ。まずは忠告し、それで駄目なようならば肉体の主導権を握り、直接脅威を回避または排除する。やり方によっては彼と喧嘩になることもある。過保護だと言われることもある。彼の意思を尊重するよう気をつけてはいるが、ある程度は仕方がない。
マーク・スペクターとはスティーヴン・グラントを守るシステムである。そのために存在しているのだから。
スティーヴン・グラントがマーク・スペクターという人格を作り出したのは、彼が10歳ごろのことだった。マークは友人が少なく、兄弟もいない彼の遊び相手だった。彼がいじめられたら代わりにやりかえした。両親にはそれで随分心配をかけてしまった。
スティーヴンは進学し、18歳で家を出た。彼は考古学を専攻し、やがて様々な国や地域を飛び回るようになった。マークはずっとそんなスティーヴンの中に存在し、彼を守り続けた。マークにとってスティーヴンは主人格であり、弟であり、大事な友人であり、時には恋人のような存在だった。発掘でエジプトを訪れた時は、血、銃、銃声、悲鳴、傭兵、違う。これではない。これは違う。これは何だ。視界がチカチカと反転する。死にかけの肉体を見下ろし、月の神が生きろとマークに言った。おまえには生きる価値があると……そうだ、スティーヴンを守るためだ。守るためにあの契約をした。そのはずだ。エジプトへの旅でスティーヴンはレイラと出会った。彼女は魅力的な女性で、スティーヴンはたちまち彼女に恋におちた。彼女はスティーヴンと同じ詩人が好きで、同じように歴史や考古学に詳しく、よく気が合った。マークも彼女のことが好きだった。付き合うようになり、結婚の約束を……危険、危険があり、危険があり、マークがスーツの力でそれを排除した。月の神の白いスーツには二人を守る力があった。マーク・スペクターはスティーヴン・グラントを守るための存在である。
やがて危険から遠ざけるためにスティーヴンとマークはレイラから離れた。追われることが増え、マークが肉体の主導権を握ることが増えた。いったい何に追われてるんだ?
逃げ、痕跡を消し、ロンドンに家を買った。スティーヴンは博物館で働き始めた。そうだ。大事なのはスティーヴンの人生だ。それを、壊さないようにしなければならない。俺は主人格であるスティーヴンを守らなければ。
「マーク、君がそう思い込むことで生きられるなら、それでもいいのかもしれないけれど……」
「スティーヴン?」
ベッドの上でスティーヴンがどこか悲しげに微笑む。そんな顔をさせているのはおそらく自分だった。
「本当は分かってるんでしょ?」
「俺は………」
わからない。ただ、なぜか視界が濡れて滲む。スティーヴンが両手で抱き締める。