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「だからやめとけって言ったよな」
聞こえてるか。俺は止めたぞ。3回くらい。なあ、スティーヴン。
ジェイク・ロックリーはぼやき、ハンチング帽の下で目を細めた。足元ではよれた柄シャツを着た、ジェイクと同じ顔の男が両ひざと右肘を床についてうずくまっている。彼は左手で胸を押さえ、浅く荒い呼吸を繰り返し、それに合わせて時折全身が痙攣するように震えていた。
その様にジェイクは水中から地面に放り出されたあわれな金魚を思い浮かべた。魚はエラ呼吸から肺呼吸に急に変われたりはしない。そこはおまえが生きられる環境じゃない。だから言っただろ。
罪悪感と、憐みと、それと少しばかりの嗜虐心と……まったく笑えてくる。笑えない。
ジェイクは帽子を深く被り直し、大きく息を吐いてしゃがみこんだ。
「おい、スティーヴン。大丈夫か? 大丈夫じゃないか…」
呼びながらくしゃりと彼の後頭部を掴む。
ぽたりぽたりと手元に落ちる雫で、ジェイクはスティーヴンが泣いていることにやっと気が付いた。ああ、泣かせた。マークが知ったら怒るかな。別に俺が泣かせたわけじゃない。一応止めたんだから。だがスティーヴン・グラントは止めてもそこで止まるような人格ではない。そういう奴だ。
スティーヴンが小さく顔をあげる。ジェイクはその頬に手を伸ばした。胸の奥が変にざわつく。まったくやっかいだと思った。
泣いているのは実際の肉体ではない。理解できる、馴染みのある形で再現され、まるで本物の肉体に起こっていることのように認識しているだけだ。ここはひとりの人間の精神世界。マーク・スペクターという心が割れた男の。
ひび割れが境目になり、線が引かれ、壁が立てられ、それぞれ自分たちの陣地が形作られている。スティーヴン・グラントがマークの理想で聖域で乾きを癒す泉なら、ジェイク・ロックリーはマークにとって"見たくないが捨てられないもの"を投げ込み鍵をかけた暗い掃き溜めだった。つまりは正反対。善悪の端と端。光と影。スティーヴンはマークの代わりに泣くが、ジェイクの目はいつでも乾いている。
そのスティーヴンが君がわからないというから、わかる必要がないとジェイクは答えた。そういう役割だからだ。
躊躇なく暴力を振るい、それを楽しみ、そしてあの月の神を慕っている。冷酷で衝動的で軽薄で自分達以外に興味も情もない。乾いて冷たく荒れている。それを引き受けている。マーク・スペクターの代わりに。
怒り。破壊衝動。それらを象徴していたエジプトの戦神セトは兄を妬み殺してバラバラにしたが、ジェイクにはそんな気はなかった。そんな気持ちは幸いなのか残念なことになのか湧いてこない。
ジェイクの記憶と一部を同期し、結果こんな状態になっているスティーヴンを見ても、少しばかり意地悪な気持ちになりこそすれ……これ以上傷つける気にはならない。それが必要だとも思わない。なにしろ彼は既に深く傷ついているのだし。傷つけたくない。本当にそうか?
ジェイクはスティーヴンの濡れた頬をなぞって顎を掴んだ。びくりと肩が震える。
「俺のことが恐い? 嫌いになったか?」
「………ちがう、違うんだ、ただ…………僕は…………ごめん、ジェイク……」
「謝られるのも気持ちが悪いな」
スティーヴンは血にも暴力にも人の死にも慣れていない。そんな彼にジェイクの記憶は劇薬だろうことはわかる。少量でも大きなショックを与えてしまう。
「これに懲りたら俺を理解しようだとか不毛なことはやめておくんだな。スティーヴン」
「大丈夫……慣れてないだけ」
「慣れる必要がない。諦めろ。マークじゃないが、世の中知らない方がいいことがあるんだよ」
「でも世の中じゃなくて、僕らの話だ」
「揚げ足をとるな」
"俺達"の話だろうが、陣地が違う。領域が違う。成り立ちが違う。心の形が違う。おまえが俺をわかろうだとか傲慢だ。それでもスティーヴンの黒い瞳は真っ直ぐにジェイクを見つめてくる。見つめようとしてくる。ジェイクはこの目が好きで苦手だ。境目を越えようとするな。陣地をまたぐな。おまえなんてマークと愛し合って平凡にも幸せにも過ごしたらいい。それが役目だろ。
「君にばかり、」「やめろってば。そういうの」
聞きたくない。
ジェイクは顔を近づけスティーヴンの涙を舌で舐めた。妙に甘く感じた。