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それには30秒とかからなかった。街の片隅の数十秒の救済。または悪夢。
銃声と骨の折れる嫌な音と断末魔のような男達の悲鳴。見る間に張り巡らされていく蜘蛛の巣。飾り付けるように吊り下げられる人体。降りしきる雨の中で大きなグラスアイがへたり込んだ男女を一瞬映した。軽口もなく、黒いコスチュームをまとった青年は飛び去っていく。暴力の余韻と、携帯端末で後ろ姿を映した写真だけが残される。
人工の灯りでどれだけ照らそうとも消えない闇。それより尚黒い影が壁を這い、走り、宙に身を躍らせた。しなやかに弧を描いた肉体が重力にしたがって落ち、また舞い上がる。サイレンの音が近く遠く響いている。拡声器で誰かが叫んでいる。
投降しろ。投降しろ。投降しろ。逃げ場はないぞ。諦めろ。従え。どこへ隠れようと同じだ。投降しろ。
聞き飽きた。それができたらこんなことになっていない。諦めることができたらなら、こんなことになっていない。そうだろ。
ピーター・パーカーは口の中で呟いた。耳には目蓋が無いので塞ぐことができない。人体の欠陥だ。蜘蛛人間になっても残念ながらそこは改善されなかった。
首の後ろはずっと煩くチクチクと痛んでいる。危険を感知するといっても鳴り続けていたらあまり意味がない。既にこの街が、この世界そのものが巨大な脅威そのもので、しかも自分や親しい人にとって一番の脅威が当の昔から自分自身だというのもわかっている。
刺すような痛み。例えではなく、実際脇腹を負傷し肉に穴が開き血が流れている。致命傷ではないがあまり動き回るのはよくない。飛びながら自分の状態についてどこか他人事のように考える。休息が必要だと肉体は訴えている。もう何日寝てないだろう。5回も連続で悪夢を見ると眠るのが嫌になる。起きている時だけで十分なのに。
裏路地に張られた超人登録法のポスターと、その上から真っ赤なスプレーで書かれた登録法反対の文字。ヒーローのマーク。下品なスラング。超人どもを捕まえろ。ヒーローを捕まえるな。暗いトンネルに飛び込んだように戦いはまるで先が見えない。
青年はビルの屋上に足先から着地し、息を大きく吸いこんで、小さくむせた。脇腹を押さえて頭を振る。立ち止まると痛みが増す。動いている間は忘れているものまで、思い出してしまう。
拡張された知覚が何かの存在を察知し、ピーターは蜘蛛のように機敏に身構えた。暗闇から調子外れな歌声が聞こえだす。ベイビーあなたに会えない 電話してるんだけど あなたのような男は気をつけなくっちゃね♪
現れた赤いスーツの男に、ピーターは腕を戦闘態勢で構えたままグラスアイを眇めた。
「…… デッドプール? 何の用? 」
「はあいスパイディ。元気か?」
デッドプール。ウェイド・ウィルソンはピエロのように両手を広げて何がおかしいのか愉快そうに笑った。スーツはあちらこちらが黒く焦げたり破けたりしている。
「それともピーターって呼んだ方がいい? ピーター。ピート。ピーティ」
「…………」
「感動の再会だぜ? ちょっとは喜べよ。こっちはあんたが来そうな場所で何度も待ち伏せして大変だったんだ… うおあ゛っ!!」
ピーターは無言でウェブを放ち、デッドプールを後ろのタンクに張り付けにした。ガンっと頭を打った音が鳴り、男は自分の口でぴよぴよと効果音をつける。相変わらずうるさい。ピーターは調子を崩されないように低い声で言った。
「僕は忙しいんだよ。君とコメディアンデビューする暇はない」
「ええ~~二人で世界一になるって約束したのにヒドイ! 私を捨てる気ね!」
「してない」
「 忙しいってあんたのパパに追われたり警察に追われたり悪党のアジトを破壊したり地下水道で拷問したりか? ピーター」
「スタークはパパじゃないし。そっちの名前で呼ぶな」
「あんたが自分で全世界に公開したんだろ。知らない奴なんていないぜ。ネットでも50億再生はされてるしグッズも出回ってる。今まで俺にも教えてくれなかったのによ。嫌なら俺のこともウェイドさんって呼んでくれていい。これでフェアだろ。…う~んウェブシューター時代よりあんたの‶体液〟のが粘っこくて剝がしにくいなこれ」
ウェイドは絡まるウェブをぶちぶちと刀で切りながら言った。真っ黒いコスチュームの蜘蛛が変わらずいつでも自分を殺せる体勢でいるのを見てわざとらしくため息をつく。実際そんなに長くおしゃべりは続けられない。ウェイドも分かっている。
「なあ、なんで俺ちゃんがニューヨークにいるのか知りたいか? 言うも涙聞くも涙の理由があってだな、映画化決定しちゃう」
「そんな映画見るくらいならそのお金でポップコーンを買ってケースに石を詰めて君のうるさい口に突っ込むよ」
「特別に教えてやろう。政府に正式に雇われた」
「はぁ?」
「すげえだろ。反対派ヒーロー狩りだ。ホワイトハウスのホワイトなお仕事。これでアングラなお商売ともおさらばだぜ」
瞬間、黒いコスチュームから鋭い殺気が発せられる。ピーターが動く前にウェイドはぶんぶんと両手を振った。
「待て。ステイ。ステーイ。こうなるとは思ってたが話を聞け。確かに俺はちょっと3時間くらい前に反対派のやつらのしみったれたアジトに突撃隣の晩御飯してぼこられたがあんたのことは捕まえに来たわけじゃな…待てってば!!」
ウェイドは襲いかかってくる蜘蛛の蹴りをぎりぎりで避けて刀を構えた。ピーターはそれを横目で見ながら身体を回転させ、距離を詰めてウェイドの首を片手で掴む。
「ぐっ……このせっかちさんめ! だから嫌われるんだぞ! 俺は好きだけど!」
「この街から去るのとこの世から去るの、どっちがいい? 君の好きな方でいいよ」
「この世からは去りたくても去れないって知ってるくせにいじわるだな。まあ、今のこの街はあんまり長居はしたいムードじゃないが」
ウェイドは蜘蛛の大きなグラスアイをその向こう側を覗こうとするかのように見つめた。先程までよりも真剣な声で言う。
「俺は隠し事はするがあんたと違って嘘は言わない。ここにはあんたに会いたくて来ただけだ」
だからこの男は苦手なんだとピーターは思う。しゃべり過ぎた。開いたままの傷口が痛んで血が流れている。ピーターはデッドプールを掴む手を緩めそのまま落とし、数歩歩いて、がくんと膝から崩れ落ちた。全身から空気が抜けるように急激に力が抜けていく。筋繊維が言うことをきかなくなる。
ウェイドは手首に隠し持っていた注射針をコンクリートに落とし、ごきごきと音を立てて首を回した。うずくまる黒い蜘蛛の様子を注意深く確認しながら近づく。指先で蜘蛛の肩をつつき、死ぬ前の虫の脚が丸まっていく様を思い浮かべた。もちろん殺す気は無い。
「普段のあんたなら避けられただろうし、こんなに効かないはずなんだけどな。ちなみにあんたは‶登録済〟だから俺ちゃんのリストには本当に入ってないんだ。ピーター・パーカー」
「やっぱり君って最悪だ……」
この男はどうせ死なないんだから最初に頭を飛ばして息の根を止めておけばよかった。霞んでいく意識の中で思う。
「俺のこと最初に殺しとけばよかったと思ってる? そうそう、そういうとこがあんたの甘くて駄目なところだ。ちょっと寝てろよ」
「やだよ……ろくな夢を見ないんだ……」
やがて完全に眠りについた蜘蛛をウェイドは数分見つめ、抱き上げた。
*
暗い道を強い風に逆らって歩く。踏み出す度に少しずつ、足の方から表皮が破けてその下から人ならざるものが露出していく。吐き気なのか空腹なのか。疲労しているのに力が漲る。身の内の尖った攻撃衝動が敵の喉笛を裂けという。殺せ。消せ。もう二度と目の前に現れないように。前から歩いてきた男に襲いかかり、固い地面に押し倒して胸を鋭い爪で突き刺した。鮮血が飛び散る。男は『俺ならいくらでもかまわないぜ、蜘蛛ちゃん』と笑った。しばらく顔も見せなかったくせにこんな時に突然現れてなんなんだ。腹立ちと形容しがたい感情と。
リアルではない銃声とピコピコと高い電子音が聞こえる。ピーターは重い瞼をどうにか開いて灰色の天井を見つめた。頭も身体も鉛のように重い。マスクとスーツを剥かれている。下着一枚だ。触れてみると眉の上あたりに絆創膏が貼られ、胸と腿にはぐるぐると包帯が巻かれていた。痛みはひいている。ずっと鳴り続けていたスパイダーセンスも静かだ。逆に落ち着かないほどに。
寝かされているベッドから半身を起こすとソファに座る男の赤い頭と、大きなモニターが見えた。画面内で銃撃戦が行われている。リアルでも散々やっているのにゲームの中でまでそれか。じっと見ていると男が振り向いた。
「なんだ。あんたも遊ぶか?」
「いや……遠慮しておくよ」
ポップコーンのキャラメルのにおいと火薬のにおいが入り混じった部屋。数年前ウェイド・ウィルソンの部屋を訪れた時を思い出してピーターは目を細めた。初めて彼と肉体の交渉を行った夜もこんなにおいがしていた。
あのころとは状況が大きく変わった。スパイダーマンは正式にアベンジャーズに入り、アベンジャーズタワーに住むようになり、デッドプールと会う機会は減った。ある時から途絶えた連絡。教職とヒーローの二足わらじ。忙しいが充実した生活。その中で心の染みのように残り続けていたウェイドとの関係。元々そういうものだと思っていた。どうせ彼は本気だったわけじゃない。お互いの素顔さえ知らなかった。時間がたてば風化し、自分だって忘れていく。
そんな中で若手ヒーローチームとヴィランの戦いに小学校が巻き込まれるスタンフォード事件が起こった。高まった超人ヒーロー規制の世論と、定められた超人登録法。カメラの前でマスクを外したスパイダーマン。崩壊したアベンジャーズと、父親のようだったトニー・スタークとの対立。そして今の、黒いスーツで闇に紛れ街の捕食者として飛び回る自分……。色々なことが起こり過ぎた。
「調子はどうだ? 何か食うか? スープでもパンケーキでもパスタでもなんでも作るぞ。ネトフリでシェフショー見て料理にハマったからあんたに夕飯作ってやってたころより更に腕が上がった」
ぼんやりと宙を見つめているピーターにウェイドは首をかしげて問いかけた。
赤いマスクの上にぽんぽんと黄色い吹き出しが浮かぶ。あんな連れ込み方しておいてそれかよ、白々しいぞ。うるせえうるせえ。
ピーターは首を横に振り、自分の横を叩いた。
「来てよ。ウェイド。"話を聞く"」
ウェイドは5秒ほど停止し、マスクの下で無い眉を寄せた。ピーターが催促するようにもう一度ベッドを叩くとモニターの電源を落として立ち上がる。
俺に向かって来てよ。ね。話を聞く、ね。そうか。へえ。
ピーターの指示通り、ウェイドはベッドに腰掛けた。ピーターは表情を作らないようにしながら横目でそれを見て問いかける。
「君の目的は?」
「採用面接みたいだな。あんたに会うためって言っただろ。信用してないのか」
「君を信用したことなんてないし」
「素直じゃないな」
「薬を打って拉致しただろ。信用されると思う?」
「そりゃそうだし俺もそう思うが手負いの獣を治療するには眠らせるしかない。これも言ったが、あんたが元気だったらこんなにばっちり効くような薬じゃないんだぜ。手当だってちゃんとしてやったし。スーツだって洗ってやった」
「頼んでない」
「あんたは一生俺に頼んだりしないから拉致った。別に感謝しろとは言ってないししなくていい。俺がしたいから勝手にした。だが俺以外にああいう隙は見せるなよほんと。いや俺にも駄目なんだが」
この男のこういうところがずるい。利己的な部分を自覚している。ゆえに自分で自分を肯定できない、臆病な男。かつて彼と何度か共闘し危機を乗り越えて、そんなところに惹かれた。
ウェイドは両手のグローブを外し、床に落とした。身体ごとピーターの方へ向けると、二人の視線が絡む。ピーターのヘーゼルの瞳が仄暗い何かを灯して揺れるのをウェイドは見た気がした。今までグラスアイ越しにしか見てこなかったもの。
ウェイドの荒れ爛れた手がピーターの頬にぺたりと触れた。
「……こんな顔してたんだな」
「テレビで何度も見たんだろ?」
ピーター自身は自分が映っているテレビ番組は避けていたのでどんな風に報道されていたのかは知らない。ろくでもないことだけは知っている。
「いつも表情が硬くてどこ見てんのかわかんないあんたとか、スタークの後ろをシャイそうに歩いてるあんたとかか? クソなおっかけ番組で冴えない卒業写真のあんたも見たが」
「最悪だ」
「そう、その嫌そうな顔スパイディっぽくていいな」
造形を確かめるように指先が頬を滑り、赤らんだ耳に触れ、細い顎の輪郭を辿る。片手がうなじを撫で、鎖骨へと降りていった。ピーターは抵抗せずにその感触と指の温度をただ感じる。
「あんだけおもちゃにされて犠牲を払っておいてしかも反対派に寝返るなんて流石に馬鹿のやることだぜ。ピーター・パーカー。それともおもちゃにされたから?」
「君に何か言われる筋合いはない」
ピーターの言葉にウェイドは言葉を探すように喉奥で小さく呻いた。
「そうなんだが俺はだな……その、この件については怒ってる訳じゃないし失望してるわけでもないしただちょっと、勝手にいじけてるだけだ」
ウェイドの手は小さく甘やかすように、しかし確かな欲を持って肌を撫で続ける。左手の親指がピーターの薄い唇を往復するようになぞった。
「いつか一対一であんたの口から聞きたかった」
「同じことさ」
「そんな胃に入れば一緒みたいに言うなよ。料理は過程も味ものど越しも大事だろ」
「君が好きなのはスパイダーマンだろ。ウェイド。ピーター・パーカーなんて知らなくてもいいし知らない方がいい」
「あんたって奴は俺の純情を何もわかっちゃいねえ」
「お互い様さ。君は政府に雇われて認められてハッピーなんだろ? ずっと誰かに認めてもらいたがってた。よかったじゃないか。元々疎遠になってたんだし、僕になんて構わなければいい」
こんなかわいい顔でこんな物言いをしながらこいつ。
ウェイドはこみ上げるものをこらえながら口をへの字に結んだ。親指の先で唇を割るようにして歯列をなぞっても青年は何も抵抗する素振りを見せない。
……"話を聞く"というのは、数年前の二人にとって行為に誘う時の決まり文句だった。ウェイドの勘違いというわけではない。ピーターの視線からもそれは確かだ。
ピーターはウェイドのマスクを鼻上まで捲り上げた。そのままどちらからともなく唇が重なる。
*
お互い出方を観察し、試すように。触れて、離れてを繰り返す。ピーターの手がウェイドの肩をぎゅっと掴むとウェイドも荒々しく抱き返した。
「ん………」
喉奥から漏れる声も飲み込むように次第に深く強く。重ねられたお互いの熱。味、匂い。
身の内にくすぶる強烈な欲求に怒りさえ覚えながらピーターはウェイドの舌を受け入れた。
押し合い、絡ませ合い、攻防と共に唾液が口の端からこぼれる。湧き上がる闘争本能にもよく似た何か。強いアルコールでも流し込まれたかのように肌が熱くなる。相変わらず、この男との触れ合いは拳や刀を交えている時とさほど変わらないとピーターは思った。殴り合いか粘膜の触れ合いかの違いだけだ。
背を撫でるウェイドの手と歯列をなぞる舌の感触にかつての記憶がよみがえって呻く。何も忘れてなどいない。それを自覚させられて、感じるほどに腹が立つ。自分自身に。
「スパイディ、ピーター……」
唇が離れ、ピーターの耳元にウェイドが熱い息を吹きかけた。かすれた名前に込められた問いがウェイドの荒れた唇の上にくぐもるのを感じる。そんな風に呼ばないでよ。ピーターは眉間にしわをよせ、身を震わせた。
「なあ、好きなんだろ? 俺にこうされるのが」
若い身体が興奮しているのが肌を密着させているウェイドにも伝わり、口の端を吊り上げさせる。
この蜘蛛に会ったばかりのころはもっと初心だったが。いやそんなに変わらないか。面倒な奴なのは最初からそうだ。騒がしく思考しながらウェイドは片手をピーターの脚の間へと伸ばした。ボクサーパンツの布の上から大きな手が膨らみかけているものに触れるとびくりと肉付きの良い太腿が痙攣する。太い指先が武器の手入れでもするように動いて形を辿り撫で擦った。
「っ……ぁ…………ん、……ウェイド、」
揉まれ、強めに掴まれると布がじわりと濡れていく。ウェイドは焦らすように強弱をつけながら手を動かし、ピーターの赤い耳を舐め、軽く噛んだ。
「や……」
「感度良し、と。……なあ、あんたの身体の異変でここの具合も何か変わってたりするのか?」
久しぶりの愛撫の快感に追い詰められるような気分になりながら、ピーターは首を横に振った。
「ん……全身検査されたけど、たぶん何も……聞かされたとおりなら」
「ふうん。じゃ、俺が直々に再検査してやるか」
「何を検査するって……?」
「聞くのか?」
ウェイドはどこかおもしろくなさそうに言いながら今度は下着の中に手を入れた。直接急所に触れられピーターの口から熱い息が漏れる。
「ぁ………、ていうか……、なんで君…そこまで知ってるわけ……?」
「そこって? あんたのイイところ? そりゃ~あんだけ」
「馬鹿。僕の身体の、……ん……身体の異変なんて……」
生体ウェブの件も知っているようだった。こうなってから会っていないのに。
ピーターは数か月前とあるヴィランとの戦いで瀕死状態になり、命の危険に陥った。その時病院の個室がウェブにまみれ巨大な繭と化し、その中で肉体の再生が行われたらしい。ピーター自身が覚えているのは夢の中で巨大な蜘蛛と取引をしたことだけだ。気が付くと傷は癒えており、代わりに知覚能力も腕力も上がり、手首からは直接ウェブが出るようになっていた。要するに"普通の人間"から更に遠ざかっていた。検査はスタークが行ったし、外の人間があの"脱皮"自体のことを知っているはずないのだが。
ウェイドはピーターの先端を親指で擦り、反応を見ながら低い声で囁いた。
「俺ちゃんの情報網を舐めるなよ。あんたのことなら会わない間もずっと見てた」
「正体も、っ……ぁ……本当は、知ってた…?」
「いや。それはあんたが公開するまで知らなかった。知らないようにしてたからな。俺はクソなシールドの奴らとは違う」
いや十分クソか。それも今更だが。それでもクソ野郎なりに守りたいものだってある。
股間をまさぐられ荒い息を漏らしながらピーターは顔を背けた。
「見てたくせに、会いには来なかったんだ」
「ん、会いたかったのか?」
「んっ……別に……ぜんぜん。君なんて……顔も見たくなかったよ」
「素直じゃねーな」
そういうとこも悪くないが。たまに泣かせたくなる。
ウェイドは下着から手を抜くとピーターの両肩を押してベッドに仰向けにさせた。抵抗もせず横たわる身体から下着を引きずり下ろし、ベッドの横に落とす。引き締まった傷だらけの痩身。勃ちあがった性器。大人しげな顔立ちの、ヘーゼルの瞳だけはどこか獰猛な光を灯している。気を抜いたらこちらが食い殺されそうな目だ。見下ろしながらウェイドは自身の赤いスーツの上半身をはだけた。クレーターだらけの星の表面のような肌があらわになる。
ウェイドの前で何も身に着けていない状態になるのははじめてだとピーターは思った。性行為を行う時もマスクは顔の上半分は覆ったままだったしスーツをすべて脱いだことはない。無防備過ぎて落ち着かない。
ウェイドは鼻歌を歌いながらベッド横の棚から透明なピンク色の液体が入った瓶を取り出した。それを指に絡ませ、ピーターの奥まった部分に触れる。閉じた蕾を探り、押し広げ中へと。
「ん……、ふ……」
ピーターは口に手の甲を押し当て、目を閉じ身体の力を抜こうとした。久々で勝手が思い出せない。内部の指は粘膜を撫でる度に小さな快感の痺れをピーターにもたらす。自分で試しても気持ちよくなれなかったのに。
「こっちは自分で触ったりするのか?」
心を読んだかのようなウェイドの問いにピーターは首を横に振った。
「……しない」
「ほんとに? 一回も? 玩具とかは?」
「うるさいな……、ぁ……ん……」
力がこめられて指が深まり、ピーターは息を呑んだ。引いて、押し込まれ、くちゅくちゅと水音が鳴って指が増やされる。思わず逃げるように腰を動かすと逆に更に深くまで無遠慮に挿し込まれた。小刻みに震わせ、拡張するような巧みな指の動きに翻弄される。
「ぁ……あ……」
ウェイドが、この男が何をしてきて、何をしていたのかなんて知らない。本当は何のためにピーターの前に現れたのかも。期待なんてしない。信用などしない。快感に喘ぎながら心の中で繰り返す。これはただ、この一瞬に溺れるための行為だ。知らない。求めない。
ウェイドはそんなピーターを注意深く見ながら指をひねり、達しかける直前で引くのを繰り返す。なだめるように内部を擦り、決定打にはならない限界すれすれの刺激を与える。ある種の拷問にも似た愛撫に眉を寄せ、顔を赤くして耐えるピーターの様子にウェイドは唇を舐めた。あんたのこういう顔が見たかった。
指を引き抜くとジッパーを下げる。ずんと重くなり、窮屈なスーツと下着の中から質量の増した股間が解放される感覚にウェイドはぶるりと肩を震わせて大きく息を吐いた。勃起した性器を片手で扱くとそれを見たピーターがぽつりと呟く。
「……意外だな」
「何がだ?」
「君ってほんとに、マスクを外した僕にも欲情するんだ」
「おい、ここまでされといてあんた、今更過ぎるだろ。 こっちは怪我人相手に正直こっからどうしたもんかと」
「平気だよ。このくらい。肉体の回復も以前よりずっと早いんだ。君ほどじゃないけど」
数時間でも睡眠をとったお陰でもう塞がりかけている。そうアクロバティックな体位をするわけでもあるまいし。ピーターは余裕ぶって笑みを浮かべる。
ウェイドは難しい顔をしながらピーターの太腿を掴み、大きく割広げた。
「正直に言うとあんたが素顔を見せてから、あんたとヤる妄想しながら何度も抜いた」
ウェイドの屹立が狙いを定め、蕾をつつく。三度目でその太い先端がピーターの内側へとぐいと侵入した。ピーターの指先がぎゅっとシーツに食い込む。内壁が生々しい感覚を伴って大きく広げられ、狭穴を満たしていく。
「はっ……スパイディ……ピーター、ピーター……」
「あっ……く、……やっ……あ……あ……ウェイド……」
息が詰まり目の奥が痛む。 ずんずんと奥まで侵入され、ピーターの目の端から涙がこぼれた。
ウェイドはピーターの両脚を自分の肩にかけ、身体を密着させると腰を打ち付ける。はじめはゆっくり。次第に速度を上げて。肉と肉がぶつかる音が空気を震わせた。ピーターの喉から絞り出される喘ぎは苦痛を訴えるかのように鋭い。しかしそれも次第に甘くなり、ウェイドの低くかすれた吐息とシンクロしていった。
「なあ……マスクを外した件もだが、正直ずっとおもしろくなかった」
「なに……あっ……あぁ……」
「スタークの腰巾着で、政府側で、飼い犬、飼い蜘蛛? のあんたに」
「ぁ、あっ……ん……やぁ…………」
「だから近づかなかった」
自分は政府の犬になったくせに笑えるぜ。それとこれとは違うんだ。俺はよくてもこいつはよくない。ただのわがままだろ。昏くどうしようもない欲をぶつけながらウェイドは自嘲的に笑った。俺みたいな奴に好かれてるのもこいつの災難の一つだ。誰にも彼にも追われる身になった今の彼を馬鹿だと思いながら本当は喜んでるなんて最悪だ。
熱とぬめる音。お互いの荒い息と、繋がった肉体の快感。
規則的な動きで貫かれ、一突きごとに全身を震わせながらピーターはウェイドの頭へ手を伸ばした。指先をデッドプールの赤いマスクに引っ掛ける。ウェイドは焦った声をあげた。
「あ、おい、こら……萎えるぞ、吐くぞ」
「うるさいな……」
「駄目だって」
「だまって」
ピーターは顔の半分を覆ったままだったウェイドのマスクを奪い、あらわになった素顔を両手で引き寄せた。ウェイドの青い両目が見開かれて細まる。ウェイドのコンプレックスらしい素顔。以前はお互い素顔を見せなかった。自分が見せないから、彼もそのまま。
ピーターが唇に触れるだけのキスをすると、ウェイドは無い眉を寄せて噛みつくように口づけを返す。それから再度角度を変えて内部を突き上げた。先端がピーターの性感を鋭く抉る。
「ウェイド……あっ……、ぁっ……ああっ……」
「ったく……、はっ……あんたって奴は……」
ピーターの両手がウェイドの背にしがみつくように回され、まるで愛し合っているかのように抱き合う形になった。ウェイドはまた聞き取れない悪態をついて深く貫き続ける。動きの獰猛さが増す。やがて頭打ちになった快感が稲妻のようにはじけ、ピーターの背が大きく反り返った。悲鳴のように高い声が上がる。それを押さえつけるようにしながら自身も達し、ウェイドはもう一度ピーターにキスをした。
*
時間は早朝だがカーテンの外は暗い。今日も天気が悪い。
ウェイドが目を覚ました時には横で寝ていたはずのピーター・パーカーは既に黒いスーツを全身にまとっていた。
「行くのか」
声をかけられたピーターはマスクを手に持ったまま振り向く。
「うん。探してる相手がいるんだ」
「殺すのか?」
ピーターの瞳に感情が揺れる。その正体がわかる前に、マスクが顔を覆った。
「わからない」
そうなっても君は僕のことが好き?
窓が開かれ、そこに飛び込んだスパイダーマンの姿はあっという間に遠く、手の届かない場所へ行ってしまう。ウェイドはそれをぼんやりと眺めて、片手で顔を覆った。