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暗い路上だろうと自室だろうと。朝だろうと夜だろうと。どこにいようと声が聞こえる。夜闇に紛れて悪事を働く者を狩れという高圧的な神の声ではない。もっと近く。自分の中からだ。声は泣いている。そして悲しそうに訴えている。どうしてと。マークはそれを聞くのが辛かった。彼にはいつだって柔らかい毛布にくるまれ優しい温度の中でいて欲しいのに。欲しかったのに。どうしてだろうか。どうしてじゃない。全部が全部俺のせいだ。
目を閉じれば真っ白い砂の敷かれた透明な水槽の中に彼がいる。彼は足枷をしていて、目には白い包帯が何重か巻かれていた。青白い照明が水中のように揺れている。マークは冷たいガラスにそっと触れた。スティーヴン。呟くように呼ぶと彼はよろめきながら寄ってきてガラス越しに鏡合わせのようにマークの手に触れる。マーク、と彼が呼ぶ。手のひらを強くガラスに押し付けると水面に沈むように透明な表面が変形し、水槽の中の彼に触れることができた。彼の目の包帯は涙でぐっしょりと濡れている。彼はマークの手に自分の手を重ねてここから出して欲しい、この包帯を外して欲しいと 訴えた。マークも彼の優しい瞳が見たいと思った。しかしかなわない。彼の視力と自由を奪ったのは他でもなくマークだった。見なければいいと思った。見て欲しくないと思った。だから彼の目を塞いだ。足枷をした。マークは踏み出し、冷えた境目を越え、水槽の中に身体ごと入り込んだ。マークを呼ぶ彼を強く抱き締めて唇で声を奪う。噛みつくように繰り返して、口内を蹂躙し、そのまま揉み合うように白い砂の上に彼を押し倒した。これを外して欲しいとまた彼が懇願する。君の顔が見たいと。マークは苦々しく首を横に振った。見ない方がいい。今の俺なんて。見ないでくれ。閉じ込めて、縛って、繋ぎ止める。こんなこと本当はやめたかった。しかしこうしなければ、今度こそ彼を失ってしまう気がした。おまえを失ったら生きていけない。本当に生きたいのかすらわからないが、おまえを失うことには耐えられない。水槽から出して、足枷を外し、目隠しを取り払えば彼は泡のようにどこかへ消えてしまうのではないか。この濁った心にはもう彼の居場所なんてないのではないか。善良で強い理想の自分なんて、どこにもいないのではないか。そんな恐怖心で気づけばこうなっていた。取り残されたくない。見捨てられたくない。ひとりになりたくない。俺からスティーヴンを取り上げないでくれ。彼はマークを手探りで抱き返しながら、 どこにも行かないよと言った。
「行くはずがないだろ。僕は君なのに。どうしてそんなに信じられないんだ?」
マークは荒く息を吐き出す。心臓のあたりが痛む。信じられない。それは俺が俺だからだ。こわくて不安で仕方ない。もし朝起きておまえがいなかったら。傷つける行為なのは分かっている。ひどい自傷行為だ。自分を守るためにおまえと並んで生きてきたのに、おまえを守りたくて、そのためにおまえを繋いで傷つけている。俺たちの関係は破綻してる。心が破綻している。どうにもならない。スティーヴンの胸に額を押し付ける。涙が溢れる。
優しい手がその頭をそっと撫でた。
「僕はいつだって君の中にいる」