top of page

 


 かくれんぼをしよう。

 僕ら3人のうち誰がそう言い出したのかは思い出せない。本当は誰でもなかったのかもしれなかった。
 とにかく子どもの僕らは散り散りになり、その大きな屋敷でかくれんぼをはじめたのだ。

「見つかったら ××××× な」

 そう、僕以外の誰かの声が階段に響いて消えた。僕はうなずいた。

 屋敷の床は白く磨かれて、広い空間には声も足音もよく響く。
 廊下には壁画のような見事なタペストリーがかけられ、あちらこちらに神の像や壺が置かれていた。壊すと叱られるので気をつけないといけない。
 外は夜で、窓ガラスからは大きな白い月が監視するように見下ろしていた。僕はそれから身を隠すように小走りする。
 さあ、どこに隠れよう。戸棚の中? テーブルの下? 柱の影?
 重い扉を開くと薄暗い部屋にガラスケースがいくつも置かれ、石板や武器や白いスーツがいくつもライトに照らされ飾られていた。標本のようで少し不気味だ。この屋敷の主人は趣味が悪い。
 僕は端のガラスケースの影に膝を抱え体を小さくして座り込んだ。

 そのままどのくらいたったのだろう。うつらうつらしていると、誰かが部屋に入ってくる気配があった。
 ライトで出来た影がゆらりと揺れる。長細い手足。鳥の骨の頭。杖をつく音。

 マーク スティーヴン ジェイク
 どこにいる?

 低く、暗い底から響くような声が聞こえる。僕は息を殺してやり過ごした。ライトがポルタ―ガイストのようにチカチカとついたり消えたりを繰り返す。
××× がいなくなると、今度はすぐ近くからささやくような声が聞こえた。
「スティーヴン、スティーヴン」
 ガラスに映った自分の顔が、自分とは異なる表情を浮かべている。僕はそっとガラスに触れた。

「マーク?」
「無事か? どこにいる?」
「ガラスケースがいっぱいある部屋にひとりで隠れてる」
「わかった。……おまえはそこから動くなよ」
「君は?」
「俺は….......…俺が……….........」

 急に彼の声にノイズが走り、姿も歪んでしまう。よく聞き取れないまま、瞬きして開くとそこにはもう僕しか映っていなかった。僕はまたマークが無茶をするだろうと思った。僕に対して動くなだとか言う時は大抵そうなのだ。
 僕は立ち上がり、×××が出て行った方の扉をそっと開けた。顔をのぞかせても廊下には誰もいない。マークはどこにいるのだろう。探さなければいけないと思った。かくれんぼ中におかしいけれど。

 僕は壁に沿うようにそろそろと走って次の扉をあけた。
 その部屋は暗かった。正面には大きなスクリーンがあり、カタカタと音を立てながら古めかしい映写機がモノクロの映像を流している。白いマントを翻して悪と戦うヒーローの映画だった。観客は誰もいない。しかし最前列の椅子にぬいぐるみが3つ、置かれていた。画面に映っているヒーローのぬいぐるみだ。それぞれデザインが異なり、胸のあたりに名前が貼られている。
 僕はそのうちのマークと貼られたぬいぐるみを拾い上げ、部屋を後にした。

 更に廊下を進む。涼しい風が吹いて頬を撫でた。
 開きっぱなしの扉の向こうには複雑な模様のカーペットが敷かれ、バルコニーが見える。夜空の月を包むように白いカーテンがふわふわと揺れていた。
 扉の中に足を踏み入れると、一瞬、バルコニーに白く背の高い後ろ姿が見えた気がした。慌てて大きなソファの後ろにしゃがみこむ。胸に抱えたぬいぐるみをぎゅっと抱きしめた。 
 その時だった。

『ここにいたのか。スティーヴン・グラント』
 みつけたぞ。

 降ってきた声に顔をあげる。大きな鳥の骨を頭とした×××が見下ろしていた。僕は眉を下げて笑った。みつかっちゃった。かくれんぼは終わりだ。
 ×××が冷たく固い手で僕の片手を掴んで立ち上がらせ、ひょいと抱き上げた。

『今夜はおまえか。マークの奴がおまえのことは守っていると思ったが』
「ちがうよ。僕がマークを守るんだ。こわくて意地悪な神様からも」
『おまえはいつも生意気だな』

 抱えられたままバルコニーに出る。×××の肩越しに屋敷を見上げると、上の窓から見下ろすマークの顔が見えた。
 泣きそうな顔をしているので、僕は手を振って大丈夫だよと言った。片ヒレの赤い金魚が月に向かって泳いでいく。

bottom of page