top of page
ここは二次創作同人サイトです。
各種製作会社とは全くの無関係です。
サイト中の文章や画像の無断転載は禁止です。
一部に成人向け表現があります。18歳未満の方は閲覧をお控えください
つけっぱなしの照明が眩しい。
青年は荒く呼吸をしながら目を細めた。
消してくれと頼んだのだが、良く見えた方が興奮するからと却下された。
この男が元々惚れているのはマスクを被った方の自分なのだから、見えない方が都合がいいんじゃないかと思うのだが。狂 人の考えてることはわからない。狂人。こんな時にこんなことをしているおまえだってそうじゃないかと言われたら否定はできない。
窓を時折風が揺らし、雨粒が叩きつけられる音が響いている。外は嵐のようだ。
そちらに意識が行った瞬間、ギシっとベッドが鳴り同時に悲鳴のような声が喉から漏れた。
両の脚を折り曲げ、開かされた身体を太く熱い男根が杭を打ち込むように深く貫く。その度に青年のしなやかな肉体が鞭のように跳ねた。今日の戦いで負った脇腹の傷がズキズキと痛んだが、もはやそれすら快感に変換されるようで感覚がおかしくなっている。最奥を突き上げられて嫌々をするように首を振った。本来排泄器官であるはずのそこは男の指で泣きそうなほどの時間をかけて解されて、きゅうきゅうとペニスを締め付けている。青年自身の性器も赤く反り返り、その美しく割れた腹筋は既に白濁で濡れていた。
「あっ……あぁ……くっ……」
ぽろぽろと涙がこぼれる。声もまるで自分じゃないみたいだ。身体の奥が震えて、耐えがたいほど熱い。脳がどんどん溶けておかしくなる。こんなのは……
「なあ」と、腰の動きを止めないまま降ってくるテノールが意識を現実へと引き戻した。
「スパイディ……あ、パーカー先生の方がいい?」
「あ、あっ……ん、や……」
「あんたの尻最高だと思ってたけど、ナカの具合も絶品だな、せんせ。まさかハイスクールのガキどもも先生がこんなスケベだなんて思わないだろ。ほんとに初めてなのか?嘘だろこんな」
「せんせいは、やめ……ひっ!、く、ぁ……!」
男のケロイドだらけの手が勃起した青年の性器を掴んで擦りあげた。細い腰がなまめかしくくねり、中の締め付けが強まる。赤く染まった肌と切なげに寄った眉。男は軽く舌なめずりすると青年の耳元で囁いた。
「じゃ、何て呼べばいい?」
「っ、ピーター……って……」
青年がうわごとのように呟くと、男は笑みを浮かべて頬にキスをした。
「オーケー。ピートはここが好きなのか?」
「ひぐっ……あっ……あぁ……」
名前を言ってから、失敗したと思った。余計に心に入り込まれてしまう。そういうのはいいのに。ただ今だけ、忘れられればいいはず。
シーツを掴んだ青年の手は指先が白くなるほどきつく握りしめられている。それを見つけた男は嫌になるほど優しい声で言った。
「手、背中に回していいぜ。万一その馬鹿力で背骨折られてもすぐ治るし。医療費も気にしなくていい」
一瞬、誘われるまま手を伸ばしかけた青年は首を横に振った。男はその反応に怪訝そうな顔をして、頬に触れ輪郭をなぞる。
「なんで?」
「……縋ってるみたいで……いやだ……」
掠れた声でそう言って目を伏せる青年を見つめ、男は「ふうん?」とどこか不穏さを感じる仕草で首を傾けた。青年の膝裏を掴みなおし、腹につくくらい折り曲げるとずるずると内部の物をゆっくりと引き抜く。その生々しい感覚に青年の身体がぶるりと震えた。急に質量を失ったそこは物足りなげに口を開け、先端を擦り付けられると期待するように内部が収縮する。
「う……あ……」
「こんな恥ずかしい格好して?俺ちゃんにここまでさせて?あんたってほんとよくわからねえな」
言うと同時に再びゆっくりと男が中に入り込んでくる。半分ほどまで進んだところでぐっと勢いよく突かれてびくんっと全身が跳ね上がった。一瞬目の前が真っ白になり、次いで目もくらむような快感に五感を支配される。足の指が反り返り、太ももがガクガクと痙攣した。
「はっ………ひっ……ぃ、ん」
「なんだよ。縋ればいいじゃん。俺は嫌いじゃないぜ。そういうの。特にあんたみたいな奴がさ……」
「やっ……あっ……ああっ……!」
「手……背中に」
低い声で促され、まともに思考できなくなった頭は言われるとおりに身体を動かす。広い背に手を回すと男が満足げに笑うのがわかった。
「デッ……」
「俺のことはウェイドって呼んでくれよ、ピーター」
うぇいど、と呼んだ口を同じもので塞がれる。半開きの口に舌がねじこまれれて、粘膜と粘膜が絡み合い男と自分の境が曖昧になる。
こんなつもりじゃなかった。
こんなつもりじゃなかったのに。
どうしてこの男は、こんなに優しく抱くのか。
「ウェイド……」
解放された口から甘い声が漏れた。
【1】
『僕の名前はピーター・パーカー。15歳からスパイダーマンをしています』
高校生達の非日常はそんな唐突過ぎるニュースから始まった。
摩天楼を自由自在に飛び回る超人。N.Y.の"親愛なる隣人"。神出鬼没の蜘蛛男。アベンジャーズのメンバーであるスーパーヒーロー。
しかしそれらと結びつけるには、ピーター・パーカーという臨時教員はあまりにも、あまりにも"普通"であった。
その若い臨時教員は、高校では生物を担当していた。
専門は化学らしいが本人の言うとおり科学全般に深い知識を持っており、わかりやすく軽妙な語り口で人気があった。スラリとした細身の体躯といかにも人の良さそうな線の細い顔立ち。性格も容姿そのままといった感じで、授業後の質問にも個人的な進路相談にもくだらない雑談にも軽口を交えつつ真面目に付き合ってくれる、そんな先生だった。
唯一気になるのはやたらと生傷の絶えないことと休講が多いことで。臨時教員の他に一体どんな仕事をしているのかと噂はされていた。ただ本人が階段で転んだだとかうっかりドアに挟まっただとか困り顔で説明すると、なんだかそんな姿も容易に想像できてしまうこともあり……あまり深く考える者もいなかった。
まさかそれがヴィランと殴り合ってできた傷だなどと想像できるはずがない。
見慣れたはずの先生の顔が有名人の身体の上に乗っているのをテレビで見ながら、同級生同士でラインを飛ばし合って。少年はパーカー"先生"の、ワイシャツから覗く白い腕が黒板に文字を書くのをぼんやりと思い出していた。やっぱり何かの間違いなんじゃないかと思う。高校時代同級生だったという体育のフラッシュ先生と並ぶと冗談抜きで倍くらい違いそうなあの細腕がヴィランを殴るところを想像してみる。そんな馬鹿な、だ。中身だってあんな、真面目だけどどこか抜けた感じで。暴力とはかけ離れた印象しか受けない。
しかしニュースに映っているのはまさにその人でしかなく。既に日を跨いで今日行われるはずの授業はどうなるのだろうと思った。世間で何が起こっていようとも、日常生活は続いていく。学校には行かないといけない。では、先生の日常はどうなってしまうのだろう。パーカー先生がいなくなるのは嫌だなと、少年は思った。
いつも騒がしいN.Y.の街は今日は一段と賑やかだ。大通りの上に掲げられたモニターには家でも散々見た例の記者会見の映像が延々と流されている。あのスタンフォード事件以降毎日見かけているアンチ超人ヒーロー運動の看板の中に今日からはパーカー先生の名前が並んでいた。今まであまり気に留めなかったけれど、こうしてよく知りもしない人に先生が悪く言われているのはなんだか腹が立つ。
少年は喧騒を避けるため学校への秘密の近道……薄暗いからあまり使わないように言われている……を抜けながら、前方に人影を見つけ思わず立ち止まった。
ブラウンの髪をした細いシルエット。それはちょうど世間を騒がせているピーター・パーカー先生のものだった。その隣には赤いフードを被った、先生と10cm以上は違いそうなガタイのいい大男が立っていて、しきりに何か話しかけている。
……先生が本当にスパイダーマンだとしたら凄く強いはずだけど、見た目だけだとまるで柄の悪い男に絡まれているようだ。
少年は躊躇いつつも、勇気を振り絞って駆けだした。かなり早い段階で、パーカー先生が振り向く。先生はいつも察しがいい。
「パ……パーカー先生!おはようございま~す!」
「おはよう。ダニー」
パーカー先生は一瞬驚いたように目を見開いて、それからいつもの優しい顔で笑った。
「この道は使わないようにって言われてないかい?」
「先生だって使ってるじゃん」
「それは……先生は大人だから」
「でも先生は俺と同じ15歳からヒーローやってたんでしょ?」
眉を下げて苦笑する表情を見て、やっぱり先生がスパイダーマンだなんて嘘なんじゃないか、あのニュースはフェイクなんじゃないかという気がしてきた。
くくっと、赤いフードの男が笑う気配があった。肩が震えている。
影になっていて顔はよく見えなかったが、ひどく爛れた頬が目に入って少年は凍り付いた。本能的な恐怖感に思わず先生の腕をぎゅっと握る。
男はそれを見て更に笑うと、ちゅっと先生に投げキッスを飛ばした。
「じゃ、また後でな。"パーカーせんせ"」
*
しん、と空気が固まったように静まり返った教室のドアが開く。
少しして、拍子抜けするほどいつも通りのパーカー先生が教室に入ってきて、何事もないかのように授業を始める。まるで校門の前の報道陣なんていなかったんじゃないかという気すらしてくる。いつも通りの日常。
「さて、もう時間か。何か質問は?」
スッと、クラスメイトの一人が手を挙げた。恐る恐る尋ねる。
「先生は……本当に、スパイダーマンなんですか?」
パーカー先生は他の質問に答えるのとまったく変わらない調子で答えた。
「ああ、僕がスパイダーマンだ」
【2】
「しっかしやつらもアホだよな。その尻見たら本物かどうかなんてすぐわかるだろってのにさ」
「君さ……もう少し声のトーン落とせない?」
「あんたのそのダサいグラサンのせいで気付かれてねえし、気付かれても俺ちゃんがいりゃ安心安全よ」
何の変哲もないファーストフード店の隅で、男……ウェイド・ウィルソンは目の前の青年の格好をからかって笑った。青年はむすっとした顔でオレンジジュースなど飲んでいる。
赤いキャップとティアドロップ型のサングラスをかけて現れた彼を見た時はあまりのダサさというか似合わなさに噴いてしまったが、おかげでか只今絶賛売り出し中のピーター・パーカー氏だとは周囲に気付かれないのでこれはこれでナイス変装なのかもしれない。高校教師の姿とはギャップがあるし。ダサいけどな。
青年の細い顎や首筋を見ながら、あのヒーローと脳内で重ね合わせる。それから、どう見てもへし折るのはそう難しくなさそうだと思った。実際は思いっきり捻っても折れないんだろうか。試さないとわからん。それより銃で額を撃ちぬいた方が早いか。避けられるかも。なにせこいつの反射神経は半端ない。
「はあ……デートでそんなこと言われたら僕が女子だったらそっこー帰ってるよ」
骨ばった、細い指先でポテトをつまみながら彼が言う。ウェイドは肩を竦めた。
「そりゃおまえ、女の子にこんなこと言うわけねえだろ常識的に考えて」
「君みたいな奴に常識を説かれるとかいよいよ人生ヤバイなって感じがしてきたよ」
ふふっとどこか皮肉げに薄い唇が笑う。こいつ意外といい性格してるな。俺に常識を説かれることよりすぐ後ろの店内テレビでおまえの顔がずっと大映しになってることのが人生的にずっとヤバイくせによ。スパイダーマンはミッドタウン高校の教師だった!というお題についてさっきからずっとコメンテーター的な人間が喋っている。ミッドタウン高校の保護者会は辞職を求める方針らしい。
「しかしせんせーも大変だな」
「教師は今週いっぱいで辞めるつもりなんだ」
「なんで?もったいない」
今朝の生徒を思い浮かべて素で思う。随分と懐かれている様子だった。そして俺は完全に不審者扱いされていた。いや、実際そうじゃないかとかいうのはおいといて。
「僕は人気者だからね。保護者会が言ってる通り、このままじゃ生徒に危害が及ぶ。今朝の奴らみたいなチンピラとか、変な金魚鉢とかハゲワシとか……君の雇い主とか?」
ナゲットにケチャップをつけながらなんでもないことのように彼は言う。
つらつらと続いていた会話がぶつっとコードを切ったように途切れた。
しばし沈黙が降りる。
「……なんだ。知ってたのか」
「いや、でもどうせそうでしょ?"デッドプール"」
「流石俺ちゃん。有名人だな」
「悪い意味でね」
「なんだよ。初対面でデートの誘いに乗ってくれたからてっきりビッチなのかと思ったのに」
「どういう発想だよ」
アップルパイ食べたくなった。買ってくる。と言って青年は席を立った。
ウェイドはその後ろ姿を見送って、ジーンズをはいた尻を見て……いい尻だ……それから今朝のことを思い返した。
***
ウェイド・ウィルソンの一日はテレビを銃で撃ちぬくところから始まった。
少しもったいなかった。しかしイライラしていたのだから仕方ない。推しヒーローのスキャンダルとか、下品なワイドショーのネタにされる姿とかそりゃ誰も見たくないだろ。
例のクソみたいな記者会見からその夜のうちに依頼状が届いた。成功報酬型。暗殺依頼。額は大したことなかったが、テレビを見たせいでよし、殺そう。と深く考えずに心が決まっていた。しかし、しこしこと銃の手入れをしながら、いやでもあの記者会見がクソみたいだったとしても実際どういう奴か会ってみないとわからなくない?ていうか気にならん?他ならともかくスパイディだぞ?もったいなくない?殺すのは話を聞いた後でもできるよな?てか、この記者会見自体フェイクかもしれないし……と思い直し、結局銃を一丁だけぽっけに忍ばせてピーター・パーカーとかいう男に会いに行くことにしたのだ。
んで、見つけたピーター・パーカー先生は朝っぱらから裏路地で何やら不穏な空気のチンピラに囲まれていた。エロ同人誌なら大変なことになってるところだ。
俺のスパイディは人気者だ。いや俺のじゃないが。そりゃ正体明かしたらこうなるだろうな。ウェイドは思う。
いや、"彼"がスパイダーマンの格好をしていたならこの目つきの悪い男達もこんな暴挙に出なかったかもしれない。チンピラたちははっきり言って、少し腕に自信はあるのかもしれないがただのチンピラのようだった。超人ヒーローであるスパイダーマンの敵じゃない。
しかし囲まれているのは……テレビで見るよりも更にずっと、やさし気な雰囲気の普通の男だった。細いし。白いし。ぶっちゃけ弱そうな。
近づいてみると、チンピラ達はウェイドと同じ疑惑を抱いていることがわかった。
曰く、おまえはスパイダーマンとグルなんだろ?とか、おまえはあいつの正体知ってんのかとか。おまえを拉致ればスタークから金が取れるとかなんとか。
奴らがどこの誰さんなのかはしらんが、俺が彼と喋るのには邪魔でしかなかったんでとりあえず後ろからズカズカと近づいて男の一人を締め落とし、鉄パイプとかいうベタな武器で殴りかかってきた奴の股間を蹴った。情けない悲鳴が上がる。振り向くと彼は俺の目にすら止まらないような早業で銃を持った男の手を蹴り上げもう一人の鳩尾を殴りウェブで地面に張り付けていた。華麗かつダイナミック。
もう確認するまでもない。
ウェイドは「よう。スパイディ」と片手をひらひらさせて笑った。彼も汗ひとつかかず笑う。
「君も取材かい?それともそこの彼らみたいに僕を殴りに?」
「いや、俺はだな……」
え~と。なんだっけか。ぽりぽりと頭を掻く。この時の俺は素で何しにきたのか忘れていた。やっぱりスパイディのウェブアクションって最高だよな。いやそうじゃなくて。
「あんたのことが好きだった」
違う。
あ、そうだ。殺す前に話に来たんだった。
思い出すウェイドの前で、青年は眉を下げて肩を竦める。
「そっか……ごめんね、中身がこんな面白味がない男で」
ウェイドは青年を頭から足の先まで遠慮なく眺めまわした。
面白味は確かにない。マジでない。しかし。
「そうだな……ひょろくて気弱そうで地味だしシャツはよれてるし騙されやすそうだしなにかと舐められそうな……」
「ちょっと、そこまで言っていいとは言ってないよ」
じとりと目を細める彼の手を掴む。抵抗はなく、普通に掴めた。
「……俺とデートしようぜ」
「はぁ?」
***
アップルパイを美味そうに齧りながらオレンジジュース。甘すぎないんだろうか。ていうかこいつ見た目の割にめっちゃ食うな。ハンバーガーも食ってたのに。
少し呆れた目で見るウェイドを気にもせず青年は言う。
「僕を殺しに?」
「まあそんなところだったんだけどなあ」
青年は怪訝そうに首を傾げた。
「だった?雇われたんでしょ?」
「まだ金はもらってねえし。あと誤解してるみたいだが、デートに誘ったのは雇われたからじゃない」
「じゃあどうして」
「言っただろ。スパイディのことが好きだってさ」
「朝聞いた時は過去形だったよ」
「俺ちゃんはな、過去にとらわれない男なんだよ」
過去にとらわれない?は。嘘をつけよ。ウェイド・ウィルソン。幻聴が囁く。
また後ろのテレビがピーター・パーカーの話をしている。出身校から行きつけの店から趣味から本当かどうかもわからないことを並びたてていく。目の前の青年も聞こえているんだろうが、気にする素振りはない。内心はわからないが。一応親指で示して聞いてみる。
「アレはいいのか?好き勝手言われてるようだが」
「良くないよ。周囲に迷惑がかかってるからね。僕自身が悪く言われるのは慣れてるけど」
ぺろりと指を舐めながら彼は言う。その舌が妙にに赤く見えた。
なんだかまた、朝のイライラがぶりかえしそうだ。こいつの頭を撃ちぬいた後そこら中のテレビを撃ちぬいて回りたくなる。いやコイツのことはまだ殺さないが。まだ?いつか殺すのか?
「あのくそったれな記者会見はどうしてああなったんだ?」
「ほんとにね。会見後吐いちゃったよ」
「あんたの意思なんだろ?」
「そうだけど……」
彼がサングラスを外す。ヘーゼルの瞳が物憂げにウェイドを見つめた。やっぱり似合わないサングラスなんてない方がいいな。
「いつだって、出来る限り……その時取れる最善の決断をしたいと思ってる。誰も死なせないように。今回だって。でもそれが本当に正しいのかわからなくていつも後悔しっぱなしさ」
悩んで苦しんで血反吐を吐きながら後悔して進んできた顔。まだ若い青年の。
何か言おうと口を開いた瞬間、ガタリと彼が立ち上がる。
一拍おいて外から何かの爆発音が響いた。クラクションに、女の悲鳴。
青年はあっという間に服を脱ぎ、赤と金のタイツ姿になった。悪かないが俺は元のデザインのが好きだ。スタークの野郎とは解釈違い。爆発とはまた違う理由で店内が騒めき立ち、カメラのシャッター音が向けられる。
「君も手伝う?」
「俺は見てる」
「あ、そう」
彼はウェイドの手に脱いだ服とキャップをぽいと預けた。脱ぎたてほやほやで温かい。
そのまま外に飛び出し騒がしい方向へ消えて行くのを見送ってから、ウェイドは口元に笑みを浮かべて後を追いかけた。
【3】
コンクリートにおびただしい蜘蛛の糸によって張り付けられた巨大なヴィラン。
罵倒と歓声と怒号と悲鳴と。
地上のその全てから逃げるように、青年は宙へと高く舞い上がった。
めまいがするほど鋭く弧を描いて回転し、壁を蹴る。なるべく人のいない場所へ。
メールが入った。トニーからと……先ほど、何故か連絡先を交換してしまった男から。
この通りの角を曲がった路地へ。住所を返信したところで空から雨粒が落ちてきた。
ウェザーチャンネルが今夜は荒れるって言ってたっけ。
古ビルの側面に"座りこんで"しばらく休んでいると、外階段から男の声がした。
「よう、スパイディ」
「やあ」
赤いフードの男は鼻歌混じりに近づいてきて、階段のフェンスに寄りかかった。
何やらご機嫌な様子だ。多重人格のサイコパスという噂だけは以前から聞いているが、どの程度狂っているのかはまだよくわからない。
「手伝ってくれてありがとう」
「ん~~?何のことだ?」
「途中、相手の装甲壊すのに銃でサポートしてくれたの君でしょ?」
「ああ、あれはあんたの頭狙ったんだけどな。外しちまった」
嘘か本当かは知らないがまあいいか。ズキリと脇腹が痛んだ。大した怪我ではないが、これ以上事件が起こらないなら早く帰りたい。色々疲れた。
「あ~あ、いいモンが見れた。でもやっぱりスーツは元のが好きだな俺ちゃんは。スパイディの背中のラインっつーのは大事だ」
「そう?これも結構便利だけどね」
背中のアームで男から着替えを受け取る。便利は便利だけど、これで監視されていることも本当は知っている。マスクを外して大きく息をする。
その姿を男は頬杖をついてじっと見ていた。
「ところで、ピーター・パーカー」
「何?」
「デートの続き、してくれるよな?まだ途中だろ?」
青年はじっと男の顔を見た。
口を開く。
*
逃げたかっただけだ。一時だけでも。
このわけのわからない、悪い噂しか聞かない……僕を殺しに来たくせにまるで殺す気がないふざけた男に付き合って。
置かれている状況全てを忘れて。
愛してくれなんて頼んでいない。少なくとも、そう勘違いさせられるようなことは。
「な~~~、あんな悪趣味なビルなんて出て俺ちゃんのとこ来ない?」
「はあ……?いきなり何さ」
お互い裸のままベッドに寝ころびながら、ウェイド・ウィルソンが間延びした声で言う。
どこまで本気なのかはわからない。
「あんたひとりくらいなら住まわせられるし、飼われてるスパイディとか俺ちゃん解釈違いなんだよ」
「飼われ……別に、そういうわけじゃない。僕は僕の意思でやってるし……離れたくなったら自分でそうするさ」
抱き寄せられて、鼓動が早まっているのを悟られないように冷めた声で返す。
実際まだ、これからどうなるのかわからないし。こちらの陣営のことで知らなきゃいけないことも沢山ある。
「じゃあその時は迎えに行ってやるよ」
「勝手にすれば」
別に期待はしていない。期待してはいけない。だって、来なかったら辛いだろ。
ピーターは男の腕に抱かれたまま、目を閉じた。
*
寝た……マジか……。
すやすやと穏やかに寝息を立てる彼の姿を、ウェイドはぼんやりと眺めていた。
穏やか過ぎる。
マジの熟睡である。
自分を殺しに来た奴の家で?会ったその日にセックスした上熟睡するヒーローなの?スパイダーマンって奴は?危機感大丈夫?それともそこまで信頼されてる?いやそんな要素なかっただろ。まあスパイダーセンスってやつでお見通しなのかもしれないが。それにしても。そもそもあからさまに困惑した顔をしながらなぜデートの誘いに乗ったのか。俺の真意を確かめたかった?それとも他に何か?わからねえ。こいつの考えてることが。いやしかしセックスすげえ良かったな……。てか、縋ってるみたいで嫌だとか、そういう発想が出て来ること自体、そうしたいってことなんじゃないのか。一体どんな状況であのくそったれ記者会見開いたんだよ。吐いたとか言ってたし。吐くほど辛いならやめておけ。医者だってそう言う。俺だってそう言う。
教師だって本当は続けたいって顔に書いてあるのバレバレなんだよ。まあこんなことになった以上、それしか道はないんだろうが。ああなんでこいつのいかにも不器用な人生の無情さになんて思いを巡らせてるのか。俺が好きなのは、スーパーヒーローのスパイダーマンなんだが。そう、スパイディはこいつだ。だから……
ぐるぐると考えながら髪を撫でる。
それから指を銃の形にして、彼のこめかみに突きつけた。
ばあん。
迎えに行かなきゃいけないような日が来たらいいな。
その時のあんたは今よりも辛さを押し殺したような顔をしてるんだろうか。
また、何かを犠牲にして。
bottom of page