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 二週間ほど前から部屋の隅に天使が住みついている。
 二か月前からだったかもしれない。気が付かなかっただけで本当はもっとずっと前からかもしれない。とにかく天使が部屋の隅に住みついている。

 追い出そうかとも思ったが追い出し方が分からなかったし、追い出された彼がその後どうするのかも分からなかったのでとりあえずそのまま住まわせることにした。昔そうして子猫を部屋に住まわせたことがあった。毛足が長く金色の目をした黒い子猫だった。今は女の子のいる家に引き取られて幸せに暮らしている。だが天使となるとそうはいかない。困った。

 天使はなぜか俺と同じ顔をしていて同じ声で話す。しかしその表情は俺とはまるきり違って見えたし、同じ言葉を話しているはずなのにはじめは何を話しているのかまるで聞き取ることができなかった。聞きたくなかったからかもしれない。

 部屋の隅でぼんやりと膝を抱えているだけだった天使はそのうち部屋中を自由に飛び回るようになった。本棚の本を読んだりベッドで寝転んだり。酒瓶だらけの荒れた部屋は天使が住むにはなんだか不憫なので片付けた。それと古本屋に行き天使の好む歴史や考古学の本を買って本棚に並べた。天使は喜んでそれを読み、しきりに何か話しかけてくる。あいかわらず何を言っているのかはわからなかったがただ頷いた。天使は俺と同じ顔で目を輝かせ楽しそうに笑う。

 天使を置いて毎夜外出する。その度に帰ったらもう彼はいないのではないかと思う。別にどうということはない。誰もいない、元の部屋に戻るだけ。しかしドアを開けると彼は部屋で変わらずくつろいでいる。おかえりを言う。ただいまを言う。

 明け方ベッドに入ると天使が横に潜り込んでくる。気にせずそのまま眠っているが、真横に自分と同じ顔の男が眠っているのはなんだか不思議だ。彼は身を寄せ肩に額を擦りつけ、おやすみを言う。彼と眠るようになってからなぜかすぐに寝付けるようになった。嫌な夢もあまり見ないようだった。天使は一度寝るとなかなか起きず、こちらがベッドから抜け出した後もしばらく寝息を立てている。

 最近天使が部屋から出たがる。もっと広いところに二人で行きたいと。君がそうしたいならそうできるはずだと天使は言う。
 俺は無理だと答えたし恐れた。外に出したらこの天使はどこかへ行ってしまうのではないか。それならずっとここにいて欲しい。鍵を締めて閉じ込める。いつの間にか天使と離れられない身になってしまった。
 どこにも行かないと天使は言う。
 だって僕は君の中にいるんだから。

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