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第二話 初夜と蜘蛛

 いいか?とりあえず今日の心得3つ。
 がっつかない。がっつかない。がっつかない、、だ。
 童貞のティーンでもあるまいし、当たり前だろ。それに俺はこいつより20は歳上なんだぞ。大人の余裕とか包容力とか……何かそんな感じのを見せろ。ウェイド・ウィルソン。正直海でのキスもやり過ぎたろ。何舌入れてんだ。あそこはもっとクールにキメるとこだっただろ。
 とにかく、優しく。衝動に流されるな。よし。

「はぁ…っ、ぁ……っ……ウェイド、ウェイド、…まって………」

 苦しげでいて甘い吐息が空気を震わせる。
 途方に暮れたような声に誘われて、白い肌を舐めていたウェイドは顔をあげた。
「ん?」
「っ………だ、め……へんになりそう…………僕……こんな、」
 焦りを口にしながら蕩けた瞳。色付く唇。ピーターは片手で自分の前髪を掴みながら真っ赤な顔で首を振った。何を訴えたいのか本人すらわからなくなっているようだ。羞恥と期待、そして快感が青年の思考を奪い去ろうとしている。
 普段の繊細で清潔な雰囲気からは想像もできないような淫らな表情にウェイドは欲に濡れた目を細めた。こんな顔もできたのか。もっと、もっと見たい。そんな欲望がむくむくと膨らんで、始める前に考えていたことなど粉々に霧散してしまう。興奮を隠さず薄く笑い、舌全体を使うように平らな胸を舐め上げた。片手で彼の性器を擦り上げる。
「あ…………」
「なったらいい。気持ちいいんだろ?一緒に変になろうぜ」
 俺は元からおかしいが。がっつくなとか念じてたのは誰だっけか。
 ウェイドは唇と舌、右手での愛撫はそのまま続け、左手の親指を青年の後孔にぐっと押しつけた。
「ひっ……」
 ローションの絡んだそれが肉皺を開いて内部へと侵入していく。自分では意識して触れた事すらないと言っていた箇所を暴かれる戸惑いと羞恥。
初めてだろう感覚にピーターは身を引き攣らせた。
「あ……や、やん……うぇいど……」
 ウェイドは初めはゆっくり、次第に早く、ぐちゅぐちゅと音を立てて指を抜き差しさせた。その度にピーターは喉の奥から絞り出すような悲鳴を小さく漏らす。反応がいい。ウェイドはわざと揶揄するように言った。
「パーカーせんせってこんなにやらしいんだな。知らなかった」
「きみが、そうさせて……、っあ、指……」
 ウェイドはずるずると親指を引きぬいて、代わりに人差し指、中指、薬指、と一本ずつピーターの中へと埋め込んでいった。白い指が宙を掻く。
「やっ、ん……あ……だ、め、」
「駄目じゃないだろ?しっかり咥えこんでるし、こんなに喜んでる」
「っ…………ぁ」
 ピーターの性器は後ろを弄られながらも勃起したまま、腹筋を擦るように反り返っている。つんつんとつついて指摘してやると先端から白濁が漏れ出た。初めてでこれなら随分その才能があるらしい。羞恥で染まった顔がたまらない。
 解すように細かく揺さぶり内壁を拡張してやる。無意識に抵抗する括約筋。きゅうきゅうと指を締め付けながら、ピーターは身を震わせた。
「ウェイド…………」
 縋るような目で、声で、名前を呼ぶ。
 ウェイドは荒く息を吐いた。今すぐここを貫いて、ぐちゃぐちゃにしてやりたい。余裕とか包容力とか知るかそんなの。無理だって。こんなの前にしたら。妄想の中では何度も犯していたのに、それよりもずっと蠱惑的でいやらしい。禁欲的にすら見えていた相手の乱れる姿に、理性は既に限界だった。
 ウェイドは指を引き抜き、青年のしなやかな両脚を身体を折りたたむように大きく開かせた。ピーターの肉体は柔軟で、どこまでもしなやかだ。
 全てを晒す体勢になった彼に、とっくに勃起しきっている自分の性器を見せつけるように片手で扱き上げる。赤黒く血管の浮き出たその形とサイズにピーターがごくりと唾を飲み込むのがわかった。その表情には僅かに恐れも見え隠れしている。しかし、こわいのかと聞くと彼は首を横に振った。こういうところは強がりだ。じゃ、遠慮なくもらうぞ。
 濡れた先端部をぐっとあてがうとそれだけでびくりと痩身が強張る。それでも先程まで解されていたそこは彼の意思とは関係なく、押しつけられたものをゆっくりと飲み込み出した。ヘーゼルの瞳が見開かれる。
「くっ………ん、……は、あ……や、……おっき……」
「ん……力抜いてろ。はぁ……あんたのナカやっべえこれ……」
 エラの張ったカリ首までを飲み込ませれば、あとは腰を押しつけただけ穿たれる。
 根本まで納めきった瞬間、ピーターの先端からぴゅっと精が僅かに散った。
「あ……っ!」
 跳ねる体を押さえつける。熱くて狭くて心地良い。
 ずっとこうしたくてたまらなかった。
「ナカ、ほら、ここまで」
ウェイドはピーターの下腹部の、性器が挿入っているだろうあたりを自覚させるようにぐりぐりと指で押してやった。
「あっ……んくっ…っあ…………、おなか、すご………」
「だろ?動くぞ」
「まっ…….…」
 制止になっていない制止を無視して律動を始める。
 波のある快感が堪らないらしく、ピーターはいやらしく腰を揺らして身悶えた。
 抜いてはまた押し付けて。一度割り込んだ後孔に先より時間をかけずに根元まで納まった。反応のいい箇所をしつこく突いてやると悲鳴と共に足が突っ張り、柳腰がおもしろいくらい跳ねあがる。
「やっやあ……っ、そこっ、そこは…ああ!うぇいど……」
「ピーター…………」
 ああ、これは無理だ。
 こんなのもう、離れられるはずがない。
 


 世界の見え方は心境ひとつで変わってくるだとか。別に胡散臭い自己啓発系の本を読んだわけじゃない。
 しかしあいつと出会ってから確実に世界の色彩は変わった。いい意味でも、悪い意味でも。

 今日もこのニューヨークとかいうにぎやかな街の裏はきな臭い事件だらけだ。
 ファッションショーが開催されている真っ最中のスカイライト・クラークソン・スクエアのすぐ近くでは、よく喋るのが売りの狂った傭兵が銃と刀を振り回し、腕が飛んで腹に穴が開き、ついでに自爆したヴィランの血がコンクリートとスーツを汚していたりした。が、そんなの一般人の知るところではない。
 ばしゃばしゃとそこら辺の水道で血を洗い流しながら、ウェイド・ウィルソンはラジオに耳を傾けた。スパイダーマンが機械仕掛けの獣とドンパチやってる様子が実況されていたのだが、いいところを聞き逃してしまった。人の見ているところで戦っていたのならYouTubeに動画があげられているかもしれないから後で探そう。
 思いながら取り出したスマートフォンで恋人に連絡しかけて、取れたままの腕が目に入る。しばし考えて、待受の写真を見るだけで我慢した。こんなデロデロのゾンビ映画のゾンビみたいな格好とひどい顔であいつに会うわけにはいかないし、向こうも暇じゃない。顔っていうのは、造形的なあれじゃなく……今はきっと、人殺しの顔をしている。スパイダーマンのストラップが葛藤と一緒にゆらゆら揺れた。

 片想いからつい最近晴れて恋人同士になったピーター・パーカーという青年は、母校の高校で子供達に科学を教えながらあのスタークインダストリーの研究室で助手を勤めている超優秀な科学者だ。その才能を金儲けではなく世の中の役に立てたいと思っている善性の塊のような奴なのだ。本人はそんな大した人間じゃないよと謙遜するが、その驕らなさがまた良い……本当に一緒にいていいのかと思うほどに。ウェイドは残っている方の手で自分の頬に触れた。手出しといて何言ってんだよ。決めたから会いに行ったんだろ。単に耐えきれなかったからじゃなく?でももう、離せないんだろ。ぐるぐると思考が巡る。出しっぱなしの冷たい水が血と泥と混じって渦を巻き暗い底へ流れていった。


 無駄に思考を巡らしながらビルの非常階段から眠らない街とやらの夜景を見下ろしていると、不意に赤い影が間近を通った。目で追ったはずのそれがふっと消えて、真横に逆さまの蜘蛛が降りてくる。
「やあ、ウェイドじゃないか。久しぶり」
 鮮やかなタイツをまとったヒーローはひらひらと片手を振った。
 ウェイドが大袈裟な仕草で両腕を広げると相手はいつも通りさっと避ける。
「よう!あんたから会いに来てくれるなんて今日はいい夜だな。会いたかった」
「調度、僕の帰り道に君がいたからね」
「今日の大立回りもラジオで聞いてたぜ。俺もこっそりやじうましに行きたかったが仕事でな」
「来るなら手伝ってよ。君、その腕……」
「ああ、これ?犬の餌にくれてやったんだ。ほっときゃ生えてくるさ」
 中身の無い袖をしげしげと引っ張って広げる彼にえっちと言うとあからさまに嫌な顔をされた。
 スパイダーマン。ニューヨークのヒーロー。親愛なる隣人。ウェイドは彼の大ファンだが、本人と直接話したり関わったりするようになったのはここ半年くらいのことだ。それまでは遠くから活躍を見守ったりネットやメディアで情報を集めるだけだった。彼は純粋なヒーローで、対してデッドプールはヒーローとは言い難い人殺しの傭兵で、活動範囲が被らないし、アイドルに直接会うのは緊張するものだ。
 調度、ウェイドが惚れた相手と会いたいがためにニューヨークに入り浸るようになると、この蜘蛛の方からこちらに接触してくるようになった。我ながら不審な傭兵なので警戒されていたのかもしれない。今は随分気安く会話できるようになった。
「そういえば」
「ん?」
「数日前の話だけど……ピーターが君から連絡が無いって言ってた」
 突然彼の口から出た名前にドキリと心臓がはねる。
「え、あ、あ~~~あいつって、あんたにそんな話もしてるのか……」
 ウェイドは意味もなくうにょうにょと奇妙なジェスチャーをしてから頭を掻いた。
 この蜘蛛はピーター・パーカーと古い友人同士らしい。確かに同年代のようだし、波長が合いそうな気はする。しなやかな体つきも、魅力もどことなく似て……。いや、その、そういう意味じゃなく。
「そういう意味?」
「間違えて口に出ただけだ。何でもない。ピーターには会いに行ったし、色々あって付き合うことになった」
「へえ、良かったね。おめでとう」
 何の含みもない調子で蜘蛛は言う。マスクから表情は読み取れない。ウェイドは少し迷ってから聞いてみた。
「……あんたってさ、あいつとそういう関係だったりしたのか?」
「どういう意味?」
「元カレ?」
 蜘蛛は一拍置いてから片手で頭を抱えた。深くため息をつく。
「………どうしてそんな発想に」
「いや、違うならいいんだ。ただその、百合に混ざりたい男の心境とかそういうんじゃなくて何言ってんだ俺は」
「ユリ?」
「あいつがあんたみたいな奴のことが好きなら張り合う気もしないし納得だし諦めもつくのになって思っただけだ。最高のヒーローだし俺と違っていい奴だし、それに……」
 大きなグラスアイがふうん、と何か言いたげに細まる。
「好きなんじゃないの?」
「好きだ。好きだが。あんたならわかるだろ。絶対にそのマスクを外さないあんたならさ」
「…………」
「俺たちが身体ごと突っ込んで見て触れてる血と暴力となんか人じゃないみたいな奴等がうじゃうじゃしてる世界と、それ以外じゃ違い過ぎる。だからあんたは素顔を明かさないんだろ?利口だよ。あんたも色々あったのかもしれないが、俺に関わるとほんとろくな死に方をしないからさあ、一ヶ月間殺したり死んだりしながらずっとそんなこと考えてたんだが、一度遠くからでも顔見ちまうともう駄目だった。花を買いに走ったさ。せめて俺があんたみたいだったら良かったのにって」「ウェイド、僕は………」
 遮るように名前を呼んだ彼の声が、彼のマスクが、一瞬恋人と重なってウェイドは自分の頭を叩いた。どちらかというと鈍臭いあいつとこの蜘蛛では勿論全く違う。
「悪い、俺でも何言ってんのかわかんねえわ」
 要約するとめでたく恋人同士になったが色んな意味で自信がないって、それだけだ。
 蜘蛛は糸に吊られたままくるくると二回ほど回った。
「彼、あれで図太いから大概のことは大丈夫だと思うよ。君の腕が無くても驚かないだろうし……」
 ウェイドはううん、とうなった。マスクの下で青い目を眇める。
「……やっぱり付き合ってた?」
「違うってば!!」
 

 
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