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​第四話 秘密と幸福

「結構やきもち妬きだよね。君って」

 ベッドに腰かけたピーターは言いながらぽいぽいと靴を脱いだ。それを見ながら、ウェイドはどこか神妙な顔で隣にぼすんと座る。
「俺もあんたと付き合うようになって知ったがそうらしい。やだな、めんどくさい男じゃん。あんたのこと好き過ぎてたまに俺でも俺うぜえって思うもん」
「うざくないよ」
「ほんとに?」
「嘘」
「え」
「嘘だよ。ウェイド」
 ピーターはクスクス笑ってウェイドの肩口に猫のように頭を擦り付けた。ウェイドはたまにからかうとこういう子供のような顔をする。
 僅かに柔軟剤の甘い香りがウェイドの鼻腔を掠めた。ウェイドはうぐう、と表情をあれそれ歪めてからそっとピーターの背を抱く。そのまま、手指を動かしてこちょこちょとくすぐり始めた。ぴくぴくと痩身が震える。
「ちょ、や、はははは、やめてよ」
「このこの、小悪魔ちゃんめ」
「だめだってば、ふふ、わきは弱いから、」
 身を縮こまらせる青年を逞しい腕がぎゅっと抱き締めた。そのまま二人で倒れ込む。ウェイドの手が大きく開いて、ピーターの頭を飲み込むように何度か撫でた。それを感じながら、ピーターはウェイドの胸元でゆっくり息をする。
「でもあんなところでキスするなんて」
「嫌だったか?」
「びっくりした」
 ローガンと飲んでいる酒場に急にウェイドがやって来たと思ったら暴れ始めて、見ている人もいる中でキスをした。何故か拍手が起こるし。真っ赤になっているところを『達者でな。よろしくやれよ』だとか半笑いでローガンに見送られながら抱えられ連れ帰られて今に至る。
 ピーターはウェイドの胸に額をつけた。スパイダーマンとして聞いた言葉を思い出す。
「何か不安なの?」
「…………色々あるんだよ」
「例えば?」
「あんたがスケベ過ぎて俺の身がもつのか、とか」
 背にあった手が脊髄を辿って臀部にたどり着き、弾力ある尻を揉み始める。
 誤魔化しはしたが嘘じゃない。ウェイドは思う。聞きながら、ピーターはそっとため息をついた。
「ウェイド、まだシャワー浴びてないけど、」
 爛れた手が服をまさぐり、直に肌に触れる。くすぐったい。
「俺は構わないぜ。あんたのにおい好きだし」
「もう……そういえば、ローガンが僕から君のにおいがするって。自分じゃ全然わかんないけど…………ウェイド?」
 手が止まったので見上げると額に唇が降ってきた。そして頬に。唇に。
「じゃあもっとマーキングしとく必要があるな」
「十分だと思うけど」



 ピーターの骨ばった白い手が包むように握り摩ると、ウェイドの雄はすぐに膨張し勃ち上がった。海綿体にどくどくと血が巡り、薄い皮越しに青筋が浮き立つ。ウェイドは少し焦ったような声で言った。
「おい、ピート。洗ってねえし汚いぞ。今日は俺が、」
「君がシャワーいらないって言ったんじゃないか」
「でもな……」
「僕も君のにおい好きだから、平気だよ」
 いたたまれないはずなのに、その言葉と悪戯っぽい目つきにウェイドのペニスは一層元気になってしまう。低く呻いた。くそ。身体は正直だ。ピーターはまだまだウェイドとの行為を恥ずかしく感じている様子だが、求められることにどうにか積極的に応えようとしている。この青年のそんないじらしさを感じると、ウェイドは余計にたまらない気持ちになってしまうのだった。
 ピーターは脈打つのを感じながら薄い唇でそっと先端にキスをして、舌でぺろりと舐め上げた。同じ男性器でもウェイドのそれはピーターのものとはサイズも形もまったく違う。太く猛々しくて、他の皮膚と同じように凸凹と爛れている。これが自分の中に入るのかと思うと、いつも不思議な気分になる。膨らんだふちを擦り、確かめるように舌でなぞって、それから口を開いた。冠頭翼のくびれのあたりまですっぽりと包み込む。大きい。
「んっ、ふ、ん…………」
「ピート……」
 ぎこちなさが残る口での愛撫と視覚からの刺激に増々下半身の血流が良くなるのを感じてウェイドはぶるりと身を震わせた。調子を確認するようにヘーゼルの瞳が上目遣いにウェイドを見上げる。白い肌を生娘のように染めて、熱心にキャンディーを舐める子どものようにグロテスクなそれを口いっぱいに頬張っている姿はどうにも背徳的に感じた。
 興奮に上ずった声でウェイドは言う。
「はっ……あんたにこれやってもらうと、すげえ悪い男になった気になるんだよな。気持ち良すぎて」
「ん……ん……」
 溢れた唾液と先走りが混じったものを口の端からこぼしながら、ピーターは頭を動かした。ウェイドを気持ち良く出来るのは、嬉しい。まだ数度目だけれど、フェラチオを施すのは嫌いではない。
 やがて口の中を占領したそれがびくびくと震えて、そのまま続けているとウェイドの手が頭を掴んだ。腰が引かれ、ずるりと性器が口から出ていく。瞬間、熱い飛沫がピーターの喉から顎にかけてを汚し、胸の方へどろどろと垂れていった。
「……は、ぁ………っ、…………くちに、出してくれても、よかったのに」
「おいしくないぞ」
「僕のは飲んでたくせに」
「あんたのはうまいんだよ」
 腑に落ちない。肌を汚した白濁を指で掬いながらピーターは思った。遠慮しなくてもいいのにと思いつつ、こういうところを好ましくも思う。ピーターはウェイドの逞しい肩を両手で押した。
「仰向けになって。ウェイド……騎乗位しよう」
「きじょうい?」
「騎乗位」
 言ってから、ピーターは照れて俯いた。恥ずかしい。ウェイドはそれを見ながらぱちぱちと青い目を瞬かせた。
「きょ、今日は随分積極的だなハニー……」
「嫌……?」
「うぶなあんたもいいがぐいぐい来るのもめっちゃ好き」 
 ウェイドはピーターの頬にちゅっとキスをしてから、言われたとおりに仰向けに寝転がった。その股間はさっき吐き出したばかりだというのに既に固くなり、上を向いている。ピーターは一度唾を飲み込んでからその腰を跨ぐように脚を広げ、ウェイドを見下ろした。はっきりと割れた腹筋に片手をつく。
「ジェルこれ。先に慣らしてやろうか?」
「ううん……自分でする」
「マジで?」
 ピーターは受け取ったピンク色の液体の入った瓶を開けて、手に取った。ひやりと冷たいそれを自身の秘所に塗り付ける。自分でとは言ったものの躊躇いがちに人差し指を当てがって、中に押し込んだ。柳腰がゆらりと揺れる。
「あっ……ぁ……」
 本当に、少し前までこんな風に触れることはなかったのに。中指も並べるように挿しこんで、小さく円を描くように動かす。でもやっぱり、ウェイドの指の方が気持ちいいな。太いのは、もっと。ぐちゅぐちゅと出し入れしながら、肌を刺すようなウェイドの視線に身体の熱が増す。
「やべえ絶景……鼻血出そう……」
 自分で後ろを解すピーターの痴態をじっと見ながらウェイドは口元を押さえた。ピンと立った淡い乳首も、くびれた腰も、彼の興奮を表す性器も全てが丸見えになっている。
 ここまで自らしながら、ピーターは恥じ入るように目を伏せ睫毛を震わせた。指を引き抜き、代わりにウェイドのペニスを双丘の合間にぬるぬると擦り付ける。やがて鈴口が蕾にぴたりと突き付けられた。
「腰……下ろすね」
「最初はゆっくりな。先の方が挿入ったらなじませろ……そう、」
「んう……んっ……、あ、あ…………」
 先程まで指で広げられていたそこにずっと大きな質量が侵入を始める。ピーターの眉が悩まし気に寄った。ウェイドの言うようにゆっくりと、重力に従って穿たれていく。半分まで挿入ったあたりでピーターは大きく息を吐いた。大きい。熱い。自分で動くのって、完全に受動的でいるよりもずっと大変だ。
 ウェイドが両手の指をピーターの前で広げる。ピーターはそれぞれ指を絡ませるようにしてぎゅっと握り返した。それからまた、ずぶずぶと腰を沈めていく。
「あぁっ!」
 ずん、と響くような衝撃。
 ピーターは上半身を前にせり出すようにしてのけぞった。根元まで体重のまま完全に密着し、中のものは最奥まで真っすぐに貫いている。
「あっ、あ………や……ふか………ふかい………」
 繋いだ手を握りしめる。ウェイドは燃えるような青でピーターを見ながら、優しい声で言った。
「そのまま、少し腰浮かせて……自分で上下に動いてみて、ピート」
「っ……ん……、」
 自分でやると決めたので、できないとは言えない。ピーターはうなずいた。
 がくがくと震える太ももに力を込めると、ずる、と少しペニスが抜かれる。それからまた腰を落とし、快楽に身を引き攣らせながら繰り返した。全身を駆け抜ける快感。身体の奥深くをずちゅずちゅと犯される感覚に若い身体が壊れた機械のように痙攣する。
「はっ、あ、あぁっ……あっ……あっ……、ああっ!」
 背を反らしながら白濁を吐き出す様を見ながらウェイドは下からぐっと突き上げた。悲鳴と共にピーターの身体が大きく震える。
 達しているところに更に刺激を加えられ、青年の視界はカチカと点滅した。
「んっ……ひっ……やっ……うぇいど、うぇい、どぉ…………、あッ……あぁ……!」
 頭がおかしくなりそうだ。
 ピーターが繰り返し全身をこわばらせていると、ウェイドはおもむろに上半身を起こした。繋いだ両手を離し、代わりに抱き締める。ピーターの両腕はすがるようにウェイドの首の後ろにまわった。深く交わったまま全身が密着し、唇が重なる。



 僕は君を騙してる。
 10年近く、嘘をつきながら生きてきた。小さな嘘を重ねる度に足を取られ水底に沈むように口にしにくくなってしまう。この関係が大事で、手放したくないから。
 不安がってるのは僕の方だ。幸せだと、その分、失われた時のことを思う。これまで何度も経験してきたように。

 目を閉じた男の輪郭をぺたぺたと指でなぞっていると、瞼が震えて瞳がのぞいた。深く冷たい青色。
「どうしたんだよ」
「なんでもない。……起きて仕事に行かなきゃ……」
 まだ時間に余裕はあるけれど、こうしてだらだらしているとあっという間に何時間か経ってしまうのを知っている。
 シャワーを浴びて、自分の家に寄って荷物を取って。それから……
 ベッドから抜け出そうとすると腰を掴まれ止められた。仕方なく振り向いて、彼の頬にちゅっとキスをする。
「離して、ウェイド。遅刻しちゃう」
「あんたってそんなナリなのにほんとタフだよな」
「生徒たちが待ってるからね」
「俺もパーカー先生に教えて欲しいな~」
「学生の君って全然想像できないや」
「俺もよく覚えてねえ」
 しっかりと腰にまわったままの手をちらりと見て、それから顔に視線を戻す。少し考えてから言った。
「一緒にシャワー浴びよ。それから朝ごはん作って、あのバイクで送ってよ」
「よっしゃわかった。バッチコイ」
 意見がまとまり、ウェイドは素早くピーターを両手で抱えるとそのまま弾むようにベッドから跳び、無駄に華麗に着地した。勢いで横に一回転する。
 ピーターは一応、「シャワーは浴びるだけだからね」と釘を刺した。「オーケーオーケー、俺を信用しろ」と陽気な声とサムズアップがそのままシャワールームに消える。
 
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