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途中で違和感に立ち止まった。
ふと気がつくと車の音も、街頭のテレビの音も、道行く人の声も聞こえない。カップル喧嘩しながら横を通りすぎる。路上でアコースティックギターを弾く男がいる。聞こえない。無音。
マーク・スペクターは景色を見ながらぼんやりと立ち竦んだ。自分の耳をぽんぽんと叩く。やはり何の音もしない。
「マーク、どうかした?」
無音の世界で、鏡の中のスティーヴンの声がする。他の音がしないためか、心なしかいつもよりはっきりと聞こえた。
「聞こえてるか?」
「何が? 君の声?」
「いや、俺の声以外の音。そこのギターの音とか」
「え、普通に聞こえるよ……?」
「……そうか」
スティーヴンには通常通り聞こえているらしい。つまり、肉体の異常ではない。
マークは白いフードを被り、ポケットに手を入れて再び歩きだした。スティーヴンが心配そうに言う。
「ちょっと待って、もしかして君は聞こえないとかじゃないよね?」
「今さっき気がついたとこだが、どうもおまえの声しか聞こえない」
「ええ……それは困ったね……大丈夫? 僕と代わる?」
「いや……いい。このままで」
「ほんとに?」
「ああ、平気だ」
スティーヴンがこういう時の君は信用できないとぼやく。だが本当に、気分は悪くない。
普段は騒がしい無音の大通りを抜けて、いつもの店でコーヒーを買う。スティーヴンが店員の言葉をマークに伝えてくれる。声真似までするのがおかしくて、カップを受け取りながら笑みを漏らすと店員が赤面した。
スティーヴンが君はいつもそういう顔をすればいいのにと言う。無理をいうな。面白くもないのに笑えない。
コーヒーを飲みながらいつもより長めに歩く。街をながめる。ベンチに腰かける。
雑音が存在しない。
凪いだ水面のように静かだ。必要な声や音は、すべてスティーヴンが彼の言葉でマークに伝えてくれる。
「……悪くないな」
「何が? 聞こえないこと?」
「ああ。おまえの声は聞こえるし、困らない」
むしろいい。落ち着く。今までずっと、聞きたくないものに頭をかきまわされてきた。聞こえる音が多すぎたのかもしれない。
スティーヴンが小さくうなった。
「うーん……君がそれでいいならいいけど……いや、どうだろう」
「おまえと二人の世界みたいだ」
スティーヴンの声が聞こえない世界と、スティーヴンの声だけが聞こえる世界だったら自分は迷わずに後者を選ぶだろう。
目を閉じると横にスティーヴン・グラントの気配を感じる。手を握る。スティーヴンは片手で髪をいじり、照れたような顔をした。
「あのさ……君は僕のことが好きすぎない?」
「何言ってるんだ。今更過ぎるだろ」